「介護殺人」という無念すぎる結果を回避するために出来ること

      2018/03/12

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おはようございます。
笑う角には福来たる。
笑わせ介護士の八福です。

 

突然ですが、「介護殺人」って知っていますか?

 

そう、不謹慎ではありますが、「殺人」という文字が入っているので、人を殺める事です。「介護殺人」というのは、介護する側の人間が、介護される側の人間を殺してしまう事です。

 

「介護離職」も大きな問題ですが、「介護殺人」は主には「家族の命を奪う」話ですからね、こちらも大きな大きな大きすぎる社会問題です。

 

「介護離職」の先に「介護殺人」が待っている・・・という見方も出来ます。

 

「介護殺人」の事件例は、話によると、平均して2週間に1回起きているとも言われています。

 

今でこそ、安倍総理も「介護離職問題」を大きく言われていますが、これは「一億総活躍社会」の方針の目指す所で、どちらかと言うと、労働力確保の側面の方が強いですよね。

 

「介護離職」を防ぐには、介護が必要な人を施設等に預けるなりしなければ不可能ですよね?

 

でも国の方針では、「施設から在宅へ。」という事です。

 

別にこの動きが悪いとはいう話ではなく、「施設から在宅へ。」といった動きは私も賛成です。

 

なぜなら、それだけ健康寿命が延びるという前提での話だからです。

 

平均寿命ではありませんよ。

健康寿命です。

 

過去のブログでも触れましたが、この健康寿命を延ばすという点が、今後の我々介護士の一番の力の見せ所であり、使命になります。

 

しかしながら、このポイントを甘く見るわけにはいきません。

 

この健康寿命を長くする事を甘く見て、「施設から在宅へ。」という理想は叶うはずがありません。

健康寿命を長くする事が実現できないまま、「施設から在宅へ。」といった動きが加速すると、どうなるか・・・。

 

そう、余計に「介護難民」を増やし、「介護離職」を増やし、「介護殺人」を増やすという、最悪の流れを辿ることになると思われます。

 

認知症を始めとした、一人で社会生活を営む事が困難な人と「暮らす」という難しさ

 

「百聞は一見に如かず。」とは、どこでも使われる事ですが、本当に切にそう思います。

 

認知症老人と一緒に暮らす大変さは、「話で聞く」のと実際に「やる」のとでは、あまりに恐ろしいくらいの違いがあります。

 

私はこの業界では既にベテランの領域です。しかし、仕事ですら多数の認知症老人や精神に疾患を抱える方のお世話には本当に骨折れます。発狂しそうになる事もあります。自分の感情のマネジメントが巧くできないと本当にやっていけない仕事です。

 

でも、「仕事だから。」という理性が助けてくれています。

 

あなたも、そしてきっと世の中のほとんどの人がそうだと思いますが、仕事だから働く理性ってありますよね?

 

私には年老いた祖母がいます。そして認知症があり、幸か不幸か?まだまだ歩き回れます。

 

この「幸か不幸か?」という意味は、家で認知症のある家族を介護をなさっている方はよくわかられると思います。

 

この業界でベテランであっても、プライベートの時間で身内の介護となると、やはり仕事のようにはいきません。

本当に「辛い。」です。

在宅で、一生懸命に家族の介護をされている方、本当に本当にご苦労さまです。

でも、本当に本当に、思いつめないでくださいね。
施設へ預ける事を躊躇される方、本当に本当に、良心の呵責など感じないで下さいね。

 

あなたが今、どれだけ大変な事をしているかを理解することが大切です。

 

真面目な人ほど陥りやすい、介護の罠

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自分の愛する家族が、親が、もし介護を要する事になったなら、

 

「家族の事は家族で!」
「親の事は私が見るわ・・・」

 

と普通はそう思いますよね?

何も知らないうちは、愛情から、感謝から、そう思いますよね。

 

私も同じです。

 

特に無償の愛を注いでくれた母が要介護になったら、献身的に介護をすると思います。

私には兄弟がいますが、「俺が見る!」と言うと思います。

 

ただし・・・

 

私が介護の世界を知らないのなら・・・の話です。

 

介護の世界を知ってしまった今、私は、もし親に認知症の傾向がみられたら、真っ先に受け入れ先の確保に尽力します。

それを確保しながら、親にとってどういうケアが良いかを考え抜きます。

「大好きな親を施設に預けるなんて、かわいそう・・・。」という考えは、誰しもあるかと思います。

 

もちろん私も同じです。

でも、その考えは一旦横によけておいて下さい。

 

子育てでも同じです。

 

幼子を育てている母親が、子供に一生懸命になるのは当然の事でしょう。

でも、母親が先に参ってしまったら、倒れてしまったら、子供は生きていけないのです。

 

だから、共倒れになる前に、あらゆる手段を講じる必要があります。

 

真面目な人は、ついつい「自分が!」となると思います。

 

自分で言うのもなんですが、私もどちらかといれば、そっち側の人間です。(;^ω^)

しかし、少し肩のちからを抜いて、自分たちを俯瞰して見る事がとっても大切です。

 

認知症は「人格」ではありません。「病気」です。

※「病気」という表現が正しいかどうかは、ここでは無視してください。便宜上使用しています。

話の便宜上、「病気」という表現をしていますが、何が言いたいかと言うと、そうなんです。

 

「病気」と張り合っても仕方ない!という事なんです。

 

・のれんに腕押し
・馬の耳に念仏
・豆腐に・・・

う~ん、なんかそんなことわざがありましたよね?(;^ω^)

 

本当にこの通りで、まともに取り合っていると、確実に介助者が根負けします。

これは間違いないです。

 

図で示すと、以下のような感じです。

 

 

我々は「病気」に操られ踊らされているんですよ。まるで、共倒れする事を望まれているかの如く。

 

認知症の人は、その病気によって、何回も同じ事を聞いてきているだけ。
つまり、病気によって、言わされているだけ。

 

でも、我々は、つい真に受けて、何回も同じ事を聞かれて疲労困ぱいになってくると、

「何回言わせるの!?」

と、なりますよね。

 

しかし、やっかいな事に、何回も同じ事を言わせているのは、病気なのに、それに対して「何回言わせるの!?」と強く返してしまうと、ダメージをくらうのは、その病気ではなく、そう、皮肉な事にその患者なんですよね。

 

その患者は「自分が責められている。」と思い、さらに認知症状を強めていく。

 

この負のスパイラルに陥っていく可能性がかなり高いです。

 

介護離職に介護殺人。高度な医療技術が作り上げた闇なのか?

高度な医療の発展により、日本人の平均寿命ってどんどん延びていますよね?

とてもいいことですよね?

 

でも・・・

(死ぬまで健康に生きられる人にとってはね・・・。)

という条件が付いてきそうですね。

 

過去のブログでも触れましたが、医療が発達し、日本人は、長生きできる可能性をかなり手にいれたと思われます。しかし、裏を返すと、「簡単には死なせてくれない時代」ともとれるわけです。

まるで、難病の特効薬が開発されたと思ったら、また新たな難病が・・・。のように、

 

恩恵に授かったと思えば、また闇が来る。
光があるからこそ、影ができ、闇がある。

 

世の中の節理なのかもしれません。

 

キーワードは「家族だから・・・」

さきほども書きましたが、このテーマは、本当に一面的な簡単な問題ではありません。

「介護離職」「介護殺人」の問題を考えるうえで、一番大切な事は、

 

・もっと認知症老人や精神疾患のある方の介護の大変さを、皆が痛切に理解する。
・親の介護、自分の老い、をもっと身近に感じる

 

という事だと思います。

 

しかし、こればかりは「百聞は一見にしかず。」で体感しないとわからない事だと思っています。

だから、せめて、もしあなたが今現在、家族の介護で「介護離職」を与儀なくされそうな場合、追いつめられる前に、

「家族だから・・・。」

という視点を一旦横へ置くといった考えをもってください。

 

「家族だから」、「夫婦だから」、「恋人だから」、といった考え方は、ときに人を盲目にします。

色んなライフラインがあるのに見えなくさせてしまいます。

 

絶対に自分を追い詰めないでくださいね。

※つづく


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